それでは一曲いかがでしょう?






誰もがきっと馬鹿らしいと笑うのだろう。中には真面目にこちらを諭しに掛かる者も居るのかもしれない。けれど当人達にとっての本当ならば、なにに侵されることもなく。



「よう、アリババクン」
「ジュダル…」

来ると思ってた。
吐息と共に零した音は、確かに捧げた距離無き破片。

「じゃあ用も分かるよな?」
「当然」

ふっ、と…どちらからともつかぬ笑い声が落ちた。静かな室内に吸い込まれたものは、忘れられぬほど尊いもので。

「行くぞ」

差し出された手をアリババはなんの迷いもなく掴む。こんなにも美しい月夜に出逢わないなんて、そんな選択肢はないのです。さあいらっしゃい王子さま。



特徴なき空飛ぶ絨毯は柔らかいステップを踏ませる。まだ少し肌寒い夜闇を切っては縫い、そうして月へと重なっていく。

「そういや、この前面白い場所見つけたぜ」
「なんだよ面白い場所って」
「氷の結晶が乱反射する洞窟だ」
「へえ、確かに面白そう…っていうかおまえ、そんな格好してて寒くなかったのか?」
「ハッ、アリババクンとは鍛え方が違うからな」

まあ衣服は重ねてたけど。
おい結局寒かったんじゃないか。

そんな軽口を交わしながら上へ上へ。空に通ずる道などなくとも、彼らには身を踊らせるドレスがあった。
自然に身を寄せ合い温度を相互に。何も無いからこそ彼らは彼らを大切に出来ていた。

「なあアリババクン」
「なんだよ」
「おまえは産まれた時のことを覚えてるか」

ヒュ、と冷えた空気が胃へと入り込んでくる。一瞬で乾く上空は、それでも愛してやまない場所なのだ。

「…そんなの、覚えてる奴の方が珍しいだろ」
「だろうな」

祝福の瞬間、全ては血にまみれて始まるのだ。孕んだものの存在は、産まれてくるまで分かりはしない。

「ジュダル、」
「なんだよ」
「俺いますげえ充実してんだよ」
「………」
「毎日やることが多くてさー。修行に勉強にてんてこ舞い、みたいな?」

…だから、

「だから、俺はおまえとこうしてる時間が何より好きだよ」

ありがとな。
天高く風は吹き、囁きは根こそぎ拐われる。…けれど月よりも近い二人に、そんなことは関係なかった。

「…今度はもっと遠出するか」
「なに、氷の洞窟?」
「行きたいなら連れてってやるよ」

だって今、触れている。
傍らでさえ及ばない腕の中。
幸せを語るには充分過ぎる距離だった。

「楽しみにしてる」
「ああ」
「な、ジュダル」
「なんだよ」

左右に美しく引かれた唇に、ジュダルが自分のそれを落とさない理由などなかった。





星も降らない夜に
ただあなたとふたり
恋をしていた





(...0527 HappyBirthday)